裏打ち

ぼる

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法事のあと、本家の座敷には親戚が十人ほど残っていた。
床の間には山水の掛け軸が掛かっている。
「これは家宝でな」
剛造《ごうぞう》が酒で赤くなった顔で胸を張った。
「百年、誰の手も入れていない。傷ひとつないのが自慢だ」
親戚が感心して頷く。
「職人風情の手に渡ったら、こうはいかん。なあ、紬《つむぎ》さん」
紬は笑って湯呑みを置いた。実家が表具屋なのを、義父は見下している。
夫の恒一《こういち》が拳を握ったので、紬は小さく首を振った。

宴が終わり、剛造が言った。
「紬さん、これを桐箱に戻しておいてくれ。職人風情でも、それくらいはできるだろう」
「はい」
紬は白い手袋をはめ、掛け軸をそっと外した。
巻き取る前に、裏を見る。目が止まった。
下の隅に、米粒ほどの朱の印がある。祖父の屋号だった。
その横に、二十年前の秋の日付。
「お義父さん。この掛け軸、直したことがありますか」
座敷が静まった。
「馬鹿を言え。触らせたことなどない」
「裏打ちの紙が新しいんです。祖父の印もあります」
「そんなはずは」
「二十年前、虫に食われて持ち込まれたと、祖父の控え帳に残っています。持ち込んだのはお義父さんだと」
剛造の声が上ずった。
静江《しずえ》が、お盆を持ったまま口を開いた。
「あなた、雨の中、風呂敷に包んで泣いて頼みに行ったじゃないの。『家宝を駄目にした、どうにかしてくれ』って」
親戚の視線が一斉に剛造へ向いた。
「いや、あれは」
「三月かけて元通りにして、お代もいらないと言ってくださったのよ」
座敷に、誰かの咳払いだけが響いた。
剛造は掛け軸を見つめ、唇を噛んだ。
紬は裏を見せたまま、静かに言う。
「祖父は、直した跡が見えないのがいい仕事だと言っていました。傷がないように見えたのは、手を入れた人たちがいたからです。長く大事にされてきた証だと思います」
剛造の肩が、ゆっくり落ちた。
「……職人風情と言ったな。悪かった。あの親父さんには、ひと言の礼も言っていない」
剛造は畳に手をついた。
「やめてください、お義父さん」
紬は掛け軸を桐箱に収め、微笑んだ。
「今度、祖父の仏壇に手を合わせに来てください。祖父も、きっと喜びます」
恒一が、そっと紬の背中に手を置いた。縁側の風が、座敷の空気を入れ替えた。

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