着払いでいい

ぼる

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着払いで送り返すと決めた箱を、私は開けてしまった。
遥斗《はると》が転勤で出ていって、三週間になる。部屋に一箱だけ残った段ボールには、彼の字で「台所」とある。
どうせ鍋か菜箸だ。伝票はもう書いた。集荷は十五時。それでもガムテープに爪をかけたのは、ただの出来心だった。
別れの日、私は「行っていいよ」と言った。
彼は少し黙って、「うん」と言った。それが最後の会話だった。
本当は「行かないで」と言いたかった。でも、言えば彼は転勤を蹴る。蹴らせてしまう私が、怖かった。
彼もきっと「来てほしい」を飲み込んでいた。そうだったらいいと、三週間、思い続けていた。
箱の中は、菜箸と、欠けたお椀と、使いかけの塩だった。
いちばん下に、タオルにくるまれた紺色のケースがあった。
開けると、指輪が入っていた。
ふたの裏に、付箋が貼ってある。彼の急いだ字だ。
「転勤が決まった日に買った。言えなかった。気づいたら連絡して」
その下に、もう一行、書き足してある。
「気づかないなら、それでいい。送り返されたら、諦める。着払いでいい。俺が払う」

伝票に目を落とす。「着払い」の欄に、私の字で丸がついている。
膝から力が抜けた。あと三十分で、この箱は何も知らないまま、彼のところへ返っていくところだった。
インターホンが鳴った。
「集荷に伺いました」
私は箱を抱えて、玄関を開けた。
「すみません、キャンセルで。自分で届けます」
「お客様、お届け先、けっこう遠いですよ」
「知ってます」
伝票を丸めて、財布をつかんだ。
三時間後、知らない街の知らない部屋のインターホンを、押した。
扉が開く。驚いた顔の遥斗が、「紬《つむぎ》」と私の名前を呼んだ。
私は箱を差し出した。
「お届け物です」
「……着払い?」
「元払い。送料は、私が払ったから。片道ぶん」

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