回覧板に、知らない字が挟まっていた。
日曜の夜の集会室で、圭吾《けいご》さんがその紙を長机の真ん中に置いた。
「三〇二号室の人へ。あなたが毎晩ベランダでしていること、知っています」
美智代《みちよ》さんが眉を寄せる。回覧の順番を決めたのは、理事の彼女だ。
「あのね、悪質ですよ。誰がこんなこと」
「この青いインク」とあずさが覗き込む。「ハンコ欄の字と同じ色じゃん」
美智代さんは唇を結んだ。
「あれは、そこの共用ペンです。集会室の。みんな使うでしょう」
壁の紐の先に、青いペンがぶら下がっていた。
「てか、圭吾さんはベランダで本読んでるだけでしょ。何が悪いの」
あずさが言った途端、部屋が静かになった。
「手紙に、本って書いてありました?」と私は言った。
「僕が引っ越しの挨拶で言ったんです」と圭吾さんは穏やかに答える。「夜はベランダで本を読むのが好きだと。みなさん聞いていましたよ」
「聞いたな」と誠がのんびり頷いた。「でもさ、本を読むのに望遠鏡はいらないだろ」
「誠」
「千尋《ちひろ》が言ってたじゃん。うちの方を向いてて気味が悪いって」
言った。確かに言った。
「回覧板を三〇二に届けたのも俺だ。挟めたのは俺だけ、って顔してるな」
「してない」
「してるよ」と誠は笑う。「でもあの板、前の晩は一晩、千尋の手元にあった。俺が挟んだ証拠にはならない」
その通りだった。前の晩、板は私の膝の上にあった。
「望遠鏡を誰より気にしてたのは、千尋さんですね」と美智代さんが言う。
「ええ。私なら、もっと上手くやりますけど」
空気が少しだけ緩んだ。その隙に、圭吾さんは紙をひっくり返した。
「裏に、続きがありました」
「だから、今度わたしにも見せてください」
彼は読み上げて、照れたように眼鏡を直した。
「土星の輪が見えるんです。脅しではなく、お誘いだと思うんですが」
誰もすぐには答えなかった。
「私じゃないわよ」と美智代さんが笑った。
「あたしでもない」とあずさが笑った。
「俺でもない」と誠が笑った。
「私でもありません」と私も笑った。
「僕でもないですよ」と圭吾さんが言った。
五人全員が、同じ顔で笑っていた。
次の日曜、閉じたはずの回覧板をもう一度開くと、
