引き出しの奥

ぼる

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退職届は、出す前に、机の引き出しの奥へしまった。
十月の異動で、私は志穂《しほ》さんの席に移ってきた。何を直しても怒られた席だ。
明日の朝、部長に出す。そう決めて奥へ押し込むと、指先に固い紙が触れた。
白い封筒だった。表に一行。
「辞めたくなったら、ここを開けて」
志穂さんの字だった。
「私も、この席で同じことをした。でも、一晩だけ待った。明日の昼まで待って、それでも辞めるなら、出していい」
私は、泣きながら笑った。

翌朝、退職届は出さなかった。昼までは、と思ったのだ。
昼休み、同期の凛《りん》が言った。
「まだ辞めたい?」
「……半分だけ」
夕方、私は新しい封筒に、同じ一行を書いた。
「辞めたくなったら、ここを開けて」
退職届は、まだ奥にある。その手前に、封筒を置いた。
来月ここに座る子も、きっと同じことをする。

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