彼の部屋のWi-Fiに、知らない端末がつながっていた。名前は「ミカのiPhone」。私は、ミカじゃない。
彼が単身赴任してきて一年。私は合鍵で、月曜から木曜の夜をこの部屋で過ごしている。
金曜の朝、彼は決まって私の歯ブラシを引き出しにしまう。
「週末は出張なんだ」
彼の左手の薬指だけ、白く跡が残っている。「ゴルフで焼けたんだよ」と彼は笑う。
ルーターの履歴を開いた。
「ミカ」がつながるのは、いつも金曜の夜から日曜の昼まで。彼が出張だと言う、その間だけ。
クローゼットの右半分には、一年間ずっと鍵がかかっている。
金曜の夜、私は部屋の前で待った。
二十一時。駅のほうから、キャリーケースの音が近づく。
知らない女の人が、彼の部屋の鍵を、迷わず回した。
中から、彼の声がした。
「おかえり」
扉が閉まる。廊下に残された私のスマホに、ルーターの通知が光った。
〈ミカのiPhoneが接続されました〉
彼女の画面に映る、知らない端末は、私のほうだった。
