合唱コンクールの前日、千夏《ちなつ》が言った。「本番、口パクにしていい?」
放課後の音楽室に、二人きり。
「千夏の音程のせいで金賞が危ないって、誰かが言ってた」
「誰かって誰」
「聞こえただけ」
「……そうだよね」
千夏は笑った。笑い方だけ、うまかった。
「いいよ」と私は言った。千夏の肩が下がる。
「その代わり、本番は私の隣に立って」
翌日。舞台のライトは、思ったより白かった。
隣で千夏が口を開ける。音はない。
サビで、千夏の口が止まる。
私は、わざと半音、外した。
千夏が噴き出した。そして、歌った。私と同じ、ずれた音で。
結果は銀賞だった。
「ごめん」と千夏が泣いた。
「来年も、隣で外すから」
私はそう答えた。
来年の前日も、千夏はきっと言う。「本番、口パクにしていい?」
私の答えは、もう決まっている。
