祖母は合鍵をくれたのに、私が来る日だけ玄関の鍵を閉める。
合鍵を握ったまま、チャイムを押す。すぐに戸が開く。
「おかえり」
祖父が亡くなって三年。祖母はいつも、玄関のたたきに立っている。
「合鍵あるのに。開けて入るよ」
私が笑うと、祖母は首を振る。
「いいの、いいの」
先月、隣のおばさんが言った。
「あんたが来る日はね、朝からずっと、玄関で待ってるのよ」
今日、私は聞いた。
「なんで、いつも鍵を閉めるの」
祖母は少し黙って、小さく言った。
「おじいさんが帰るたびに、ここで私が『おかえり』って言ってたの」
「あんたが鍵で入ったら、『おかえり』を言う相手が、いなくなるでしょう」
私は、手の中の合鍵を見た。
祖母は合鍵をくれた。おかえりを言う役だけは、手放さなかった。
