ネット銀行の秘密の質問に、私は答えられなかった。答えは、十年前の私しか知らない。
「秘密の質問です。初めて好きになった人の名前は?」
横で、夫の遼《りょう》がコーヒーを淹れている。
「……遼、です」
「不正解です」
夫の名前が、不正解。遼の手が止まった。
「では、中学のときの同級生は?」
「それも不正解です。ヒントは、ひらがな三文字」
三文字。十年前、私はまだ遼に片思いをしていた。
本人の前では「遼くん」。心の中では、ずっとあだ名で呼んでいた。
「……ごんた、です」
「正解です。本人確認ができました」
電話を切ると、遼が耳まで真っ赤になっていた。
「俺、ごんたって呼ばれてたの?」
「……心の中で、だけ」
「じゃあ、初恋、俺だったんだ」
私は黙って、コーヒーを受け取った。
十年前の私は、今の私よりずっと正直だった。
