保護猫のクロは、一年間、一度も私の膝に乗らなかった。
いつも三十センチ手前に座って、そこから動かない。
「私、嫌われてるのかな」
独り言に、クロは尻尾を一度だけ振った。
その夜、仕事で泣いて帰った。
玄関に座り込むと、クロが近づいてきた。膝の手前で、ぴたりと止まる。
やっぱり、乗ってくれない。
ふと、譲渡のときの書類を引っ張り出した。備考欄に、小さな字がある。
「前の飼い主さんは、膝が悪かった」
息が止まった。
膝に乗れば、痛がらせてしまう。クロはそれを覚えていて、一年間ずっと、遠慮していたのだ。
嫌われていたんじゃない。守られていた。
私は膝を叩いた。
「ここ、痛くないよ」
クロは一度だけ瞬きをして、そっと乗った。
一年ぶんの遠慮が、膝の上でまるくなった。
