夫は四十年、毎月の一日《ついたち》に、私へ千円を返している。
アイロンで伸ばした千円札を差し出して、毎回「ありがとう」と言う。
貸した覚えなど、私にはない。
理由を聞いても、夫は「借りたから」としか答えない。
先月、茶箪笥《ちゃだんす》の奥から、夫の古い帳面が出てきた。
一ページ目に「初めて会った日、私が出した帰りの切符代 千円」。
その下に、毎月の一日《ついたち》の日付が、四十年分並んでいた。
最後の行は「四百七十九回」。
「切符代なんて、とっくに返してもらったわよ。もう終わりにしましょう」
夫は帳面を閉じて、首を振った。
「返し終わったら、おまえに『ありがとう』と言える日が、なくなるだろう」
口下手な夫が、四十年かけて探した言い方だった。
私は何も言えず、財布から千円札を出して、夫の手に握らせた。
「貸すわ。来月も、ちゃんと返しに来てね」
