「今日はどうされますか?」
新しい担当の戸塚《とづか》が、鏡越しに微笑んだ。前の担当が辞めたので、今日が初対面だ。
柚木《ゆずき》は答えた。
「いつもの感じで」
言ってから気づいた。この人は、いつもを知らない。
「前髪は、どのくらいに?」
「ちょっと短めで」
ちょっととは何センチだ。自分でも知らない。戸塚が指を二本立てた。
「このくらい?」
「……はい」
本当は指一本ぶんだ。
眼鏡を外され、鏡がぼやけた。
「かゆいところ、ないですか」
耳の裏が猛烈にかゆい。
「大丈夫です」
「いかがですか?」
ぼやけた鏡に、眉の上で何かが揺れる。短い。
「大丈夫です」
大丈夫は便利だ。柚木は少し感謝した。
会計のとき、戸塚が小声で言った。
「次回のご予約は……」
「いつもので」
口が勝手に動いた。戸塚が目を丸くし、二人同時に吹き出した。
「ずっと緊張してました」
「私もです」
「承知しました。いつもの、ですね」
今日が、その「いつも」の一回目になった。
