時計店の朝は、振り子の音だけが響いていた。
「出勤したら、店主が倒れていたんです」
栞《しおり》は膝の上で両手を握りしめた。向かいで刑事の三枝《さえぐさ》がメモを取る。
「現場には何も触れていません。時計にも」
「賢明です。遺体の右手は固く握られたままですしね」
「それより昨夜の客です。閉店間際に来た、帽子の男。店主と言い争っていました」
栞は早口で続けた。男の背格好、低い声、店主が「もう売らん」と怒鳴ったこと。
「あの人が店主を殴って、懐中時計を奪おうとしたんです。針が十二時四十分で止まったのも、そのとき壊れたからで」
三枝はペンを止めた。
「汐見《しおみ》さん。店主の手の中身は、今朝まだ誰も見ていません」
「え」
「先ほど鑑識が開きました。確かに懐中時計で、針は十二時四十分でした」
栞の指先が震えた。
「見えない手の中の時刻を知っているのは、そこに握らせた人だけです」
振り子の音が、やけに大きく響いた。
