本当に溺れる人は、手も振らず、声も出さない。
海水浴場の監視台で、新人の美咲《みさき》が双眼鏡を下ろした。
「先輩、沖の二人組が、叫びながら手を振ってます。助けに行きますか」
「いや、遊んでるだけだ。本当に溺れる人は、静かなんだ」
「静か、ですか」
「手は振れない。声も出ない。頭が低くて、口は水面すれすれ。足も動かず、ただ浮いてるように見える。数十秒で沈む。叫ぶ奴より、静かな奴を探せ」
美咲は双眼鏡を覗き直した。
「先輩……あの二人、さっきからずっと、同じ方向を指さしてます」
「どこを」
「あの赤い帽子の人です。頭が、低いです」
先輩の岩瀬《いわせ》は、レスキューチューブをつかんで海へ走った。
数分後、赤い帽子の男が、砂浜で水を吐いた。間に合った。
岩瀬は二人組に頭を下げた。
「叫んでくれて、助かった」
