鍵は三本しかない。それなのに、貴重書庫の金庫は空だと言われた。
「扉にも警報にも、壊された跡はありません」
警察官の声が、扉の向こうで言う。
「アントワープの世紀の強盗と、同じですね」
圭吾《けいご》の穏やかな声が続く。
「壊さずに開けた、っていうあの話」
「ええ。だから事件性は、なしでしょう」
空じゃない。
私は、ここにいる。
「開けて。圭吾くん、私よ。涼子《りょうこ》よ」
壁を叩く。叩く。叩く。
爪が割れても、叩く。
「涼子さんは、昨夜から帰っていません」
圭吾が、悲しそうに言う。
「僕の鍵も、館長の鍵も、涼子さんの鍵も、ここにあります。三本とも無事です」
足音が、遠ざかる。
暗闇に、指先のぬるさだけが残る。
息が薄い。叩いた回数は、三百十二回。
やがて、扉の前に足音が戻ってきた。
圭吾が、いつもの声で囁く。
「壊さなければ、誰も中を見ません」
「鍵は三本しかない。だから、誰も開けません」
「静かになりましたね、涼子さん」
