父は、実家に停めた私の車を、毎回勝手に入れ直す。
いつも頭を道路に向けて。結婚式の日から十五年、欠かしたことがない。
始まりの日、父は言った。
「いつでも帰れるようにな」
早く帰れ、と聞こえた。
昨日、離婚した。誰にも言わず、荷物を積んだまま実家に来た。
玄関で、父は何も聞かなかった。後部座席の荷物を、ちらりと見ただけだった。
いつものように鍵を預けると、父は黙って外へ出た。戻ってきて、ひとこと。
「向き、変えといた」
外へ出ると、車は頭を家のほうへ向けていた。十五年で、初めてだった。
「晩飯、食ってけ。泊まってもいい」
父は、私を追い出していたんじゃない。どこへ帰ってもいいように、備えていたのだ。
今日の車は、もう、急いで帰らなくていい向きをしていた。
