「明日から弁当いらないから」と言った僕の鞄《かばん》に、母は毎朝、弁当を入れていた。
反抗期の僕がそう言い放った朝、母は「はいはい」と笑っただけだった。
それでも弁当は、黙って鞄《かばん》に入っている。
僕は「いらないって言ったのに」と呟き、昼休みに全部食べる。
母は「入れてないよ」としらばくれ、僕は空の箱を流しに置く。
どちらも、そこには触れない。
ある朝、箱に付箋が貼ってあった。
「いらないなら、残していいよ」
昼、僕は母の甘い卵焼きだけを残して返した。
翌朝の弁当を開けると、卵焼きが塩味《しおあじ》に変わっていた。唐揚げは二つ増えていた。
残し方で、僕たちは話している。
今朝も、玄関で靴を履きながら言う。
「明日から弁当いらないから」
「はいはい」と母が笑う。
「いらない」は、母にだけ通じる「明日もお願い」だ。
