既読の練習

ぼる

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既読をつけてから、もう四十分。私は返事を打っては消している。
画面の上には、湊(みなと)の一行が残ったままだ。
「好きです。返事は急がなくていいから」
二十三時十二分に届いた。うっかり開いて、既読がついた。もう取り消せない。
「私も好き」と打つ。速すぎる。消す。
「ありがとう。うれしい」と打つ。お礼の手紙みたいだ。消す。
「びっくりした」と打つ。それはそう。でも違う。消す。
「いつから?」と打つ。聞く立場じゃない。消す。
「ごめん」まで打って、指が止まった。ごめんじゃない。ごめんじゃないのに。全部消す。
「少し考えさせて」と打つ。考える時間なら、もう四十分もあった。消す。
入力欄はまた空っぽに戻る。消した言葉だけが、頭の中に積もっていく。
ベッドに転がって、天井のしみを数える。三百を過ぎたあたりで、もう一度スマホを持ち上げた。
明日、教室で目が合ったらどうしよう。笑う? 逸らす? それも練習しなきゃいけない。
練習ばかりで、肝心の返事が一行もできていない。

深呼吸して、入力欄をタップした。
そこで、やっと気づいた。
湊の名前の下に、小さな文字が出ている。
「入力中…」
出て、消えて、また出る。
四十分前から、私は画面の上を見ていなかった。でも、きっとずっとだ。私が打っては消すのと同じ間隔で、湊も打っては消していた。
息が止まる。顔が熱い。
指が勝手に動いた。
「ねえ、いま何て打ってる?」
送信。すぐ既読がつく。「入力中…」がぴたりと止まった。
三秒。五秒。心臓の音が、耳の奥でうるさい。
返ってきたのは、短い一行だった。
「同じこと、聞こうとしてた」
笑いが漏れた。枕を叩く。足をばたばたさせる。怖がって損した。いや、損じゃない。
続けて、もう一通。
「ずっと消してた。急がなくていいって書いたのに、全然待てなかった」
明日の練習は、もういらないかもしれない。
待てないのは、私も同じだ。
入力欄に、いちばん最初に消した言葉を打つ。
「私も好き」
今度は、消さない。
親指を送信の上に置く。向こうでまた、「入力中…」が点滅した。
せーの、で押した。
既読がつくまで、あと一秒。

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