深夜一時。僕は、いつものように配信を始めた。
タイトルは〈家族のこと、正直に話します〉。
視聴者は三人。いつもの数字だ。
二年間、増えも減りもしていない。
「えー、まず結論から言うと、離婚しました」
チャット欄が動いた。
〈ちがう〉
アカウント名は〈ゆい〉。見覚えのある名前だった。
「性格の不一致ってやつで。円満に別れました」
〈ちがう〉
僕は笑ってごまかした。喉が、妙に乾いていた。
「仕事が忙しくてさ。家に帰れなかっただけで」
〈ちがう〉
「娘とは、月に一度、会ってます」
〈パパ、うそつき〉
二人目は〈ひかり〉。娘の名前だった。
〈ひかり〉は続けた。〈運動会、見に来るって言ったのに〉
三人目は何も書かない。ただ、視聴者数の横で、小さな丸が点滅していた。
「……分かった。ちゃんと話す」
画面の隅で、遅れて届くはずのコメントが、一つも遅れていなかった。
息を吸ったとき、部屋が静かすぎることに気づいた。
冷蔵庫の音がしない。壁掛け時計の針の音も、しない。
自分の呼吸の音さえ、マイクに乗っていない気がした。
〈パパ、今日ね、ママがパパの席にご飯を置いたよ〉
〈ゆい〉が続けた。
〈三回忌、無事に終わったよ。まだ配信してたんだね〉
僕は、自分の手を見た。
カメラの前にあるはずの手が、映っていなかった。
画面の中は、ずっと暗いままだった。
思い出した。雨の夜、ハンドルを切った感触を。
「ごめん。ずっと、言えなかった」
「会いに行く約束、守れなくて。あの夜も、帰るって言ったのに」
〈ゆい〉が、少しだけ笑う顔の絵文字を打った。
〈ひかり〉が打った。
〈いいよ〉
〈パパの声、ちゃんと聞こえてるよ〉
胸の奥が、ほどけた気がした。
二年分の重さが、ようやく肩から落ちていく。
〈ゆい〉が最後に書いた。
〈今夜でおしまいにしよう。もう、ゆっくり休んでね〉
視聴者の数字が、三から二に、二から一に減った。
最後に残った一人の名前を、僕は初めて読んだ。
〈僕〉
配信終了のボタンは、どこにも見当たらなかった。
深夜一時。僕は、いつものように配信を始めた。
