給湯室で泣いている後輩に、私は三秒待ってから声をかけた。
「ことね。大丈夫?」
肩にそっと手を置く。ことねは顔を上げ、しゃくり上げた。
「データ、消えちゃって。明日の会議の資料、全部」
「大丈夫。一緒にやり直そう」
「麻衣《まい》さん、ありがとうございます。いてくれてよかった」
ことねは泣きながら笑った。私も同じ角度で笑った。昨夜、鏡の前で練習した角度だ。
入口に、大輝《だいき》が立っていた。ことねが資料を取りに走ると、彼は低く言った。
「あのフォルダ、昨日の夜、麻衣のIDでログインされてた」
「そう。見たんだ」
「消したの、お前か」
「だとして、何が悪いの?」
私は紙コップに水を注ぐ。
「ことねは私に救われたと思ってる。資料は直る。会議は成功する。誰も損してない。結果が優しいなら、中身はいらないでしょ」
「中身が、ないだけだろ」
「あるわよ。三秒待つの。早すぎると嘘っぽいから。ね、優しいでしょ」
大輝は何も言えなかった。私の手が、彼の肩に置かれていたから。
「大丈夫。大輝も、困ったらいつでも言って」
彼は小さく頷いた。ことねと同じ角度で。
次の涙を、私は給湯室で待っている。
