バトンを落とした僕に、受け渡しゾーンの汐里《しおり》は「拾って」と叫んだ。去年、僕が彼女に叫んだ言葉だった。
体育祭、最終種目のクラス対抗リレー。第三走者の僕は、ゾーンの二十メートル手前でバトンを落とした。
グラウンドの三百人が息を止めた。僕は拾った。もう四人に抜かれていた。
待つ汐里の手に、バトンを押し込む。
「ごめん」
「見てて」
彼女は最下位から四人を抜き、一位でテープを切った。
去年、バトンを落としたのは彼女だった。立ちすくむ汐里に、補欠の僕がトラックの外から叫んだ。「拾って!」
彼女は拾って走り、ビリだった。
汐里は息も整えずに駆けてきた。
「一年、待ってたの。あの一言がなかったら、私、走るのやめてた」
泣きながら笑う彼女に、僕は誓った。
バトンを落とした誰かに、僕はまた叫ぶだろう。「拾って」と。
