ネクタイだけ残して、男は夜空へ消えた。
「先輩、この事件の話、好きですよね」
ことねが缶コーヒーを置いた。
「身代金を受け取って、パラシュートで消えた男か」
「予備の落下傘《らっかさん》に細工があった、って噂もありますよね」
「ただの噂だろ」
「今夜の売上、金庫から消えました。三百万《さんびゃくまん》です」
「へえ、誰だろうな」
「先輩の鞄、ずっと重そうです」
俺は笑って、鞄を抱え直した。
「半分やるから、黙っててくれ」
「いいですよ。開けてみてください」
中身は、古い新聞紙の束だった。
「本物は昨日《きのう》、私が先に飛びました」
ことねは俺のネクタイをほどき、机に置いた。
「飛んだのは私。ネクタイだけ残るのは、先輩です」
