十三番の鍵

ぼる

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これは私が大学二年の夏、市民プールで監視のアルバイトをしていたときの話です。
閉館後の点検は二人一組でやります。更衣室を回って、返却箱に戻った鍵の数と、受付の貸出票の数を突き合わせる。それで一日が終わりです。
組んでいたのは、四年生《よねんせい》の笹森《ささもり》さんでした。無口で、点検だけは異様に丁寧な人でした。
ただ、決まりが一つだけありました。
「十三番の鍵は、数に入れないで」
十三番のロッカーは壊れていて、テープで封鎖されています。鍵も事務所の金庫にあるはずでした。なのに毎晩、返却箱には一本多く入っている。しかも、濡れている。
「誰かの悪戯ですか」と聞くと、笹森さんは首を振りました。
「返したのは客じゃない。数に入れなければ、そのまま帰ってくれる。数に入れると、帰れなくなる」
意味はわかりませんでしたが、言われたとおりにしていました。

八月の最終日、笹森さんは法事で休みでした。私は一人で点検をしました。
貸出票は四十一。返却箱の鍵は四十二本。
わかっていたのに、つい、数え直してしまいました。四十二。やっぱり一本多い。
そのとき、更衣室の奥で、ぺた、と音がしました。
ぺた、ぺた、ぺた。濡れた足が、床を歩く音です。
十三番の前で止まり、それから私の後ろを通って、出口のほうへ向かいました。
照明は全部点いているのに、誰の姿も見えません。
私は、どうかしていたんだと思います。
「お疲れさまでした」
気がつくと、そう声に出していました。
足音は出口で止まり、自動ドアが一度だけ開いて、閉まりました。

翌日、笹森さんに話すと、顔色が変わりました。
「それ、言ったのか」
「はい。帰る人には、そう言うので」
「あれは、帰る場所を探してるんだ。……言われたら、ついていく」
その夜、アパートの玄関で、自分の鍵束を取り出しました。
見覚えのない鍵が、一本増えていました。
番号札には、十三、とあります。
その鍵は、濡れていました。

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