彼が毎週忘れていく靴下を、私は十二枚、まだ返していない。
水曜の夜九時。コインランドリーの乾燥機の前で、いつも彼と一緒になる。
話したことはない。会釈だけだ。
彼が帰ったあと、丸い扉の奥に、片方だけの靴下が残っている。
黒。紺。また黒。
「忘れてますよ」と言えば、それで終わる話だ。
でも言えない。返したら、この水曜が終わる気がした。
だから拾って、鞄にしまう。引き出しには、揃わない靴下が十二枚たまった。
私の靴下も、毎週なぜか片方なくなる。乾燥機が食べるのだと思っていた。
十三回目の水曜、意を決して、十二枚を紙袋に詰めて行った。
彼は先に来ていて、乾燥機の前で、私を待っていたみたいに立っている。
「あの」
声が重なった。
彼が先に、手に提げた紙袋を差し出した。
「これ、あなたの。毎週、取り忘れてた片方です。ずっと返せなくて」
「返したら、水曜が終わる気がして」
同じ台詞を、私は飲み込んだ。
「それと、僕の忘れ物は、全部わざとです」
紙袋の中には、片方だけの靴下が、十二枚。
全部、私のだった。
